710年 平城京に遷都

    

平城京に遷都


694年に持統天皇が藤原京へ遷都し、中央政権国家作りを本格化させてから10年余り、官僚機構などの拡大から、都をさらに広い場所に移す必要が生じた。このため天智天皇の第四皇女である元明天皇は、藤原京の真北に位置する奈良盆地の北端を京域として、唐の長安にならう都城を建設した。これが平城京である。平城京への遷都は、710年(和銅3年)になされている。

また、この間に勢力を伸ばしたのが藤原氏である。中臣鎌足の子である藤原不比等は、右大臣となり政治的実権を握っている。

なお、この平城京、つまり現在の奈良に都が置かれた時代を奈良時代(ならじだい)、もしくは平城時代(へいじょうじだい)と呼ぶ。奈良時代は、710年(和銅3年)に平城京に遷都してから、794年(延暦13年)、平安京に都が遷されるまでの84年間を示す場合が多い。

人名用語解説


元明天皇(げんめいてんのう)

元明天皇(661年-721年)は、日本の第43代天皇であり女帝である。天智天皇の第四皇女であり、元正ならびに文武天皇の母にあたる。708年の和同開珎と710年の平城京遷都は元明天皇によってなされている。

藤原不比等(ふじわらのふひと)

藤原不比等(659年-720年)は中臣鎌足の次男であり、飛鳥時代から奈良時代初期にかけての公卿。大宝律令の制定や平城京遷都に力を注いだ。


Sponsored Link