765年 道鏡が太政大臣禅師となる

    

道鏡が太政大臣禅師となる


藤原仲麻呂の乱が勃発したことで、淳仁天皇が廃されて淡路に流され、孝謙上皇が称徳天皇として再び皇位についた。

道鏡は、762年(天平宝字6年)に孝謙上皇が病となった際、宿曜秘法を用いて看病に努めた功績により、上皇の寵遇を得て常に近侍するようになっていた。

そして、孝謙上皇が称徳天皇として再び皇位についたことから、765年(天平神護元年)には太政大臣禅師となった。さらに翌766年(天平神護2年)には法王となっている。

人名用語解説


道鏡(どうきょう)

道鏡(生年不詳-772年)は河内国若江郡弓削郷の出身の、奈良時代の法相宗の僧である。

称徳天皇(しょうとくてんのう)

称徳天皇(718年-770年)は、聖武天皇の子。史上6人目の女帝として第46代孝謙天皇に即位している。また、淳仁天皇を経て第48代称徳天皇に重祚した。ちなみに称徳天皇以降は、第109代明正天皇に至るまでの約850年間、女帝が立てられることはなかった。

太政大臣(だいじょうだいじん)

太政大臣は、日本の飛鳥時代から明治時代まで存続した官職であり、左右大臣の上位に位置するものの適任者がなければ欠官とされた。職掌も定められておらず名誉職としての色彩が濃い。このため、関白、摂政、内覧などの宣旨を伴わないかぎり実権はないものとされていたようだ。


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