57年 倭奴国王が後漢に遣使

    

倭奴国王が後漢に遣使


57年、奴の国王が後漢の光武帝に朝貢し、印綬を授かる。中国後漢朝について書かれた歴史書である後漢書東夷伝の中にその記録が記されている。

これによると、倭の最南端にある奴国が使者をよこして入貢(他国から使節が貢物を持ってくること)、光武帝より「漢委奴国王」の印綬を下賜されたとある。後漢へ遣使した事実からも、この当時の北部九州では、倭人の政治的統合が進みつつあったことがうかがえる。

人名用語解説


倭(わ)

日本列島を中心とする地域やその住人について、中国各王朝が紀元前より用いていた呼称。つまりこの当時の日本列島の呼称のことである。100あまりの国に分かれていたとされている。

倭国(わこく)

倭(日本列島)の国家や政治的勢力のこと。

奴国(なこく)

1から3世紀頃の倭人(日本列島の住人)の国のことである。現在の福岡市付近に存在したとされる。当時数多く存在した国のひとつと考えられる。

倭人(わじん)

倭(日本列島)の住人を意味する。

後漢(ごかん)

後漢とは、1世紀に光武帝が建てた中国の王朝のことである。

光武帝(こうぶてい)

後漢王朝の初代皇帝であり、在位期間は西暦25年から没年の西暦57年まで。

朝貢(ちょうこう)

中国を中心とした前近代における貿易形態であり、皇帝に対して周辺国の君主が貢物を捧げ、皇帝側から恩賜が下る形で成立する。

印綬(いんじゅ)

制度のひとつであり、中国において臣下に対して印章を授けることによって官職の証とした。ちなみに印は印章、綬はそれを下げるためのひものこと。

後漢書東夷伝(ごかんじょとういでん)

「後漢書」とは、二十四史のひとつであり、中国後漢朝について記された歴史書である。成立は5世紀南北朝時代の南朝宋の時代で、編者は范曄(はんよう:398年-445年)である。

本紀10巻、列伝80巻、志30巻の全120巻からなる紀伝体だが、東夷伝とは、この中で中国の東方に住んでいる諸民族について書かれた記述のことである。


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