538年 仏教公伝

    

仏教公伝


仏教公伝(ぶっきょうこうでん)は、国家間交渉における仏教の伝来を意味する。6世紀半ばの欽明天皇期において、百済から倭への仏教公伝がなされたとされる。実際には、 百済の聖王が、仏像及び経綸を献じたとある。これは、538年説が有力とされるが、552年説もあるようだ。

それまでの日本における宗教は、自然崇拝を旨とする神道のみだった。一方、仏教には教祖が存在し、また、経典や教義が存在する。当時の日本において仏教の伝来は計り知れないほどの大きな影響を政治にも与え始める。実際、この後に思想的、政治的分裂が、ヤマト王権を大きく揺るがすこととなる。

人名用語解説


欽明天皇(きんめいてんのう)

欽明天皇(509年-571年)は、第29代の天皇で539年より没年まで在位。欽明天皇の代に、百済より仏教が公伝した。また、任那が滅亡するのも、欽明天皇の代である。なお、奈良県にある見瀬丸山古墳は、欽明天皇のものという説もある。


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