729年 長屋王の変

    

長屋王の変


奈良時代、聖武天皇の代の729年(神亀6年)、藤原氏によって長屋王を打倒するためにしくまれた政治的陰謀事件を、長屋王の変(ながやおうのへん)と呼ぶ。

727年(神亀4年)、聖武天皇と藤原光明子との間に基王が誕生し立太子したが、翌728年夭折してしまう。一方、聖武天皇は、県犬養広刀自との間にも、安積親王を授かっている。聖武天皇の唯一の皇子である安積親王は、後に立太子し即位する可能性が強くなるが、この場合、藤原氏は権力の座を追われてしまう。そこでこれを阻止するため、陰謀を画策し、長屋王を自害に追い込んだわけである。

人名用語解説


長屋王(ながやのおおきみ)

長屋王(684年-729年)は、奈良時代の皇族である。天武天皇の孫であり、高市皇子の子。皇族勢力を代表して勢力をふるった。藤原不比等の死後、最高位の左大臣となるも、729年、長屋王の変において藤原武智麻呂(ふじわらのむちまろ)らに邸を囲まれ、自害している。

聖武天皇(しょうむてんのう)

聖武天皇(701年-756年)は、奈良時代における第45代天皇である。文武天皇と藤原不比等の娘・宮子の第一皇子。聖武天皇の治世の初期、皇親勢力を代表する長屋王が政権を担当していた。

県犬養広刀自(あがたのいぬかいのひろとじ)

県犬養広刀自(生年不詳-762年)は、聖武天皇の夫人であり正三位(しょうさんみ)。父は県犬養唐である。

夭折(ようせつ)

年が若くして死ぬことをいう。

立太子(りったいし)

天皇の命令により、皇太子や皇后として正式に定めること。


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